一国一城令を生き延びた「米子城」の詳細

一国一城令を生き延びた「米子城」
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記事タイトル 一国一城令を生き延びた「米子城」
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JUGEMテーマ:お城   こんにちは、 ココ最近、休日出勤が続いているゆうりです。 恐ろしい感染症ですね……。 投稿が滞るくらいの仕事量になりました。 それで、済んでいるのはありがたいのかもしれませんね。   &…… more nbsp; さて、そんなゆうりが本日お届けするのは、 続日本100名城の18城目、       No.169米子城です。   登城日は、令和元年8月上旬。 ゆうりの偉大なる旅で訪れました。   米子と言ったら、先日ゆうりの陰陽連絡の旅でも訪れました。あの日は、ただ宿泊しただけとなりましたが、ゆうりの偉大なる旅では、観光と宿泊がセットでした。   とはいっても、この地でもお城の入り口で退去します。 原因は、暑さと時間です。とても暑い。さらには、日暮れも近づいている。到底一人で安全に登れる状態ではありません。 金山城の記憶が軽いトラウマを作り出しているようです。   ひとまず、改装が始まる前の米子駅に着いたゆうりは、ホテルにチェックインして自転車を借ります。 自転車無料貸し出しのホテルを予約したから、自転車を自由に使えます。 自転車はとても便利ですから、嬉しい限りです。 このご時世では、貸し出しを継続しているのでしょうか。   さて、その自転車に乗り、最初に向かったのは、     米子山陰資料館です。 こちらに、続日本100名城のスタンプがあります。 米子山陰資料館と米子城跡は、歩くには遠い距離ですから、自転車が使えるのはありがたい限りです。   こちらで、米子城の基本情報を入手します。   米子城は、もともと山名氏のお城でした。土地柄、出雲と伯耆の国境であったことから、しばしば騒乱が起こります。 戦国期を経て、吉川元春が山陰地方を攻略、豊臣政権となってからは、吉川広家が城主となり米子城を築きました。   吉川広家と言ったら、毛利家存続のため関ヶ原の戦いで毛利本軍の前方を塞ぎ、戦闘に参加させなかったと言われている彼です。彼らの奮闘により、毛利家は大幅な減封ながら、存続を許されました。 あの何とも言えない岩国城の岩国藩?の初代藩主(城主)だったりします。   いわゆる一国一城令でも、岩国城と米子城は全く違う対応がなされています。   吉川家が、岩国に転封されてから、この城には中村忠一が、伯耆一国入ります。 彼(といってもまだ11歳)によって、米子という町が創り上げられました。主に義理の叔父、横田村詮の尽力があったのですが、彼が暗殺されます。さらに、当主中村忠一が20歳で病死すると、跡継ぎが認められず中村氏は改易となりました。   変わって、加藤貞泰が6万石で入りますが、数年後の大坂の陣の後、大洲藩へと転封されました。   その後、伯耆国は池田家の領国となります。 伯耆、因幡二国32万5000石を池田宗家、池田光政が領有することになりました。 彼の時代に、ある出来事が起こります。 先述した、いわゆる一国一城令です。   岩国城では、吉川広家と毛利秀元の主導権争いもあり、一国(領地)につき一つの城という解釈から、岩国城を破却しました。 米子城では、一国(伯耆、因幡の国)につき一つの城という解釈から、伯耆の米子城を残しました。   もちろん、同じ外様大名でも、関ヶ原の戦いの遺恨や、池田家が徳川家と縁組していたことも関係あるかもしれません。 しかし、同じ城でもここまで変わってくるのですね。   池田光政入封の16年後、池田家どうして転封が行なわれます。 宗家光政が岡山藩31万5000石へ転封、分家の池田満仲が鳥取藩主となりました。 その際、満仲は家康の曾孫ということで、本家をしのぐほどのかなりの特権をもっていましたが、この話は長くなるので、おいておきましょう。   この結果、米子城には、家老(着座)荒尾氏が城代となりました。 米子には、荒尾市の家臣(つまり陪臣)と池田家本家から派遣された直臣が統治していたらしいですが、主導権争うがありそうですね……。 その後、明治維新まで荒尾氏が米子の町を統治することになりました。   さぁ、思った以上に時間が経ってしまいました。 こうして時間を使うから、安全に城を散策する時間を失ってしまうのです。   国道を走ること10分ほど。 見えてきたのが、一枚目の写真、桝形門の跡です。 この辺り一帯は湊山公園として整備されています。 本丸跡へも登れますが、斜陽からも想像がつくように日の入り直前。   君子危うきに近寄らず。 やめておきましょう。 (そもそも君子ならこんなギリギリの旅をすることは無いでしょう)   訪れた少しあとに、米子城が話題になっていたので、今だったら、夜景のために整備されているのかもしませんね。 さぁ、次は鳥取藩の支藩、若桜鬼が城へ行きましょう。   ☆お城データ☆ 城所在地:鳥取県米子市 交通手段:米子駅より徒歩20分。 スタンプ:米子山陰資料館   お城巡りランキング   では、来月中にお会い出来たらと思います。 close

一国一城令を生き延びた「米子城」
サイト名 ゆうりの世界
タグ 続日本100名城
投稿日時 2022-01-31 01:20:05

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