小沢小太郎の居城 小沢城のなごり の詳細

小沢小太郎の居城 小沢城のなごり 
つわものどもが夢の跡
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記事タイトル 小沢小太郎の居城 小沢城のなごり 
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つわものどもが夢の跡多摩丘陵に築かれた山城を訪問しました<小沢城>おざわじょう訪問したのは川崎市多摩区です■多摩丘陵の山城■小沢城は多摩丘陵の先端に築かれた山城です。多摩川の支流天三沢川が北側の麓を流れ、比高で50m程度はある天然の要害です。主に三つの峰にまたがる細長い城で、尾根…… more の適所に曲輪を配置した比較的シンプルな縄張りです。現在確認できる遺構がいつの時代ものか全て分かっているわけではないものの、大枠は鎌倉初期に築城された時のものとする説が有力です。築城者については、鎌倉幕府の御家人となる稲毛三郎重成とする説、その息子である小沢小太郎とする説があります。■小沢小太郎の居城■稲毛重成は桓武平氏の流れをくむ秩父氏の一族で、幕府の中枢にいた御家人です。同じく川崎市多摩区の枡形山城も、稲毛重成の築城と推定されていますので、小沢城築城者の有力候補ですね。ただ、異説として、重成の子である小沢小太郎を築城者とする説もあります。まぁ親子ですし、大筋で稲毛氏がこの地域の支配にあたっていたことは伝わってきます。川崎市教育委員会さんのホームページには『鎌倉時代初頭の小沢城は、小沢小太郎の居城であったようです。』とありますので、ここでは築城者に拘らず、小沢城の初期の城主は小沢小太郎とだけ覚えておくことにします。<小太郎の城跡>父が武蔵国稲毛荘を領して稲毛氏を名乗ったように、この地を領して小沢氏を名乗たわけですね。ところで稲毛重成について調べると、嫡子は小沢重政とされ、通称は次郎又は小次郎となっています。小太郎じゃないの?私はこれを「同一人物であろう」と漠然と思っていましたが、今回ブログにまとめるにあたりもう一度考え直すと、別人である可能性も疑えなくなり、更に調べても明確な証拠にもたどりつかず戸惑っています。長男と次男か?血気盛んな稲毛重成は、長男に所領支配を任せ、次男には自分と行動を共にさせて更なる勢力拡大を目論んでいた?そう言い切れませんが、それもあり得ると感じています(個人ブログですのでこの程度の曖昧さでお許し下さい)。この『小沢重政』の史実ははっきりしています。「重」の字は秩父氏一門の通字。この秩父一族の血を引く御家人たちは、源頼朝亡き後、北条時政によって次々に滅ぼされ、小沢重政も父親と同時期に鎌倉で殺害されています。これが小太郎の最後なのか、あるいは弟の最後なのかわかりません。ただ仮に小太郎が無事でも、この状況だと小沢城の城主であり続けることは難しかったのではないでしょうか。■その後の小沢城■稲毛重成・小沢重政の死後、所領は縁者に安堵され、小沢左近将監なる人物が支配したという記事があるそうです(吾妻鏡に記載)。この人物と小沢小太郎の関係ははっきりしません。そして、小沢城がどのような役割を果たしていたのかも不明です。かなり時を経た1350年(南北朝時代)、足利尊氏と弟の直義の対立に起因する室町幕府内の抗争のなかで、小沢城が焼失した記録があるようです。それから更に後の戦国時代、あの北条氏康が小沢城に陣を敷き、侵攻してきた上杉朝興の軍を迎え討ったとされています。結果は北条軍の勝利(小沢原の戦い)。当時16歳の氏康の初陣でした。 その後の詳細は不明ですが、小沢城は誰かの拠点となることもなく、廃城となったと思われます。<富士講のなごり>富士登山三十三度大願成就記念碑。城としての役割を終えた山は、江戸時代に富士講の舞台となったようです。人の出入りは続いていたわけですね。■小沢城のなごり■<案内板>主な侵入口は2ケ所で、画像下の『▲仙谷入口』から入山する方が多いようですが、私は周辺の低地を散策してきた都合で画像左の『天神坂入口』から山を登りました。<天神山>表示にある穴澤天神社は城の北側、山の中腹に鎮座する古い神社です。小沢城が築かれた山は通称で天神山と呼ばれています。小沢城の別名は天神山城です。<山道>道は本当にあってるのか若干不安に思う山道そしてやっとそれらしい場所に<城址碑><遺構の説明板>物見台と空堀に関する説明板<物見台><空堀><曲輪><竪堀>ちょっと画像では分かりにくいですが、下から見上げた斜面です。冒頭の画像は上から見下ろした斜面です。<尾根道><道しるべ>曲輪や堀の配置はシンプルですが、谷に面した細長い城内に複数の峰があるので、地形は複雑に感じました。戦国時代にも城としての役割を担った実績はありますが、凝った技法で修復されたような跡はなく、築城当時の縄張りがほぼそのまま残っていると考えられています。そういう意味では、山に刻まれたこの形は、そのまま小沢郷を領した小沢小太郎のなごりなのかもしれませんね。<つわものどもが夢の跡>--------■ 小沢城 ■--------別 名:小沢天神山城築城主:稲毛重成 (又は小沢小太郎)築城年:平安時代末期城 主:小沢小太郎・北条氏康廃城年:不明[川崎市多摩区菅仙谷]■参考及び抜粋・Wikipedia:2021/11/8・川崎市教育委員会ホームページ文化財さんぽ→多摩区→小沢城跡https://www.city.kawasaki.jp/880/page/0000000108.htmlお城巡りランキング close

小沢小太郎の居城 小沢城のなごり 
サイト名 つわものどもが夢の跡
タグ 城跡[関東]
投稿日時 2021-11-09 01:40:04

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