武石城(下総国・千葉県千葉市)の詳細

武石城(下総国・千葉県千葉市)
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記事タイトル 武石城(下総国・千葉県千葉市)
概要

いや~、暑いですね。夏バテ真っ盛りで、どうしようもありません(汗)城攻めもなかなかはかどりませんね。さて今回は、現在の千葉県千葉市花見川区にあった城、武石城です。武石城跡は現在、真蔵院の境内やその周辺となっていて、幕張駅北口バス停から千葉シーサイドバスにのって千葉西税務署前バス停…… more で下車すると、徒歩6~7分ほどで行くことができます。JR東日本の中央・総武線各駅停車のみが乗り入れる幕張駅の説明は省略します。真蔵院。真言宗豊山派の寺院で、806年(大同元年)に開基されたと伝えられています。真蔵院の本堂。1197年(建久8年)に、武石胤盛が母の菩提を弔うために柳地蔵菩薩像を本尊として堂宇を建立したとされています。境内の左側に浪切不動堂への階段があります。武石城は、千葉常胤の6人の子(千葉六党)の1人で3男の武石胤盛が1171年(承安元年)に居城とした城です。浪切不動堂。1259年(正治元年)に胤盛の曽孫である武石長胤が、胤盛の守り本尊だった不動尊を本尊として建立しました。浪切不動堂の脇に階段があります。胤盛は父の常胤と共に源頼朝に仕え、源義仲の追討や平家打倒、奥州藤原氏の征伐に従軍します。階段を登ってくると墓地があります。この墓地を含め、だだっ広い平地が続いているのですが、ここが武石城の主郭跡だったようです。羽衣神社。小さな祠と石碑があります。1189年(文治5年)の奥州合戦の後に父の千葉常胤が源頼朝から与えられた恩賞の内、奥州の一部を譲り受けます。胤盛の後も3代ほど武石城を居城としていましたが、その後本拠地を陸奥国亘理に移しました。さらに奥に進むと畑が広がっています。ここから先もしばらく平地なのですが、京葉道路やそれに連絡する道路の建設などでだいぶ地形が変わっちゃってますので、本当はもっとアップダウンがあったんだろうと思います。実はこの辺りにある愛宕神社(妙見神社)を見逃しています(汗)千葉氏の一族の城なのに・・・不覚です。武石神社鳥居。武石神社は真蔵院から6~7分ほど歩いたところにあります。こちらの神社は武石氏の末裔によって祖先の顕彰と供養の為に、代々の神霊が祀られて「おたけし様」と称されていたそうです。武石氏は元々は「たけいし」ではなく「たけし」と呼んでいたそうです。「たけし」城・・・。風雲の城ですね(笑)武石神社。大き目な祠がある程度の神社で、期待していたよりも小さい神社でした。勝手に期待するなって話なんですけどね。旭川味噌ラーメンばんから武石IC店。旭川味噌ラーメンを謳っていますが、東京のチェーン店です。今回はこちらでお昼を頂きました。公式サイトは↓↓https://hanaken.co.jp/ramen-bankara/角煮ばんから(1,100円)。結局豚骨醤油のラーメンを食べたという・・・。角煮美味しかったです。鎌倉時代の城ということで、遺構らしきものは特に残っていなかったのですが、とりあえず新しい案内板を設置して欲しいなと思いました。真蔵寺とか武石神社にあった案内板は色褪せて文字が読みにくかったもので・・・。では。御城学。 close

武石城(下総国・千葉県千葉市)
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投稿日時 2021-07-22 00:40:02

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