第416回:岩国城(江戸時代に吉川氏が本拠地とした名城)の詳細

第416回:岩国城(江戸時代に吉川氏が本拠地とした名城)
こにるのお城訪問記
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記事タイトル 第416回:岩国城(江戸時代に吉川氏が本拠地とした名城)
概要

訪問日:2019年10月岩国城は山口県岩国市にあったお城で,日本100名城にも選ばれています。1600年 関ケ原の戦いでは西軍の総大将であった毛利輝元は大幅な減俸となり本拠地を萩城に移しました。毛利の有力な一族衆で両川としれ知られる吉川氏の当主 吉川広家は東軍の徳川家康に通じます…… more が,それまでの米子から岩国に国替えされました。岩国城は横山に要害となる山城を築き,藩主は山麓には御土居と呼ばれる居館で政務をとり居住しました。1608年に完成しましたが山上の要害は1615年の元和の一国一城令で廃城となり,以後は山麓の居館のみが機能しました。吉川氏は江戸時代を通じて毛利氏の陪臣という形をとられたため,岩国藩として正式に認められたのは1868年 新政府によるものでした。その後 1871年には廃藩置県により廃藩となったため藩として存在したのはわずかな期間でした。現在では錦帯橋とセット岩国の代表的な観光地となっています。  ◆名勝 錦帯橋の背後の横山に建つ岩国城の模擬天守は定番の構図ですよね。◆まずは山麓の居館部を散策します。写真のように水堀が残っています。居館部は水堀にコの字囲まれた方形の敷地であったことがわかります。  ◆居館跡の虎口にあたる場所。◆藩主居館跡となる吉香神社(きっこうじんじゃ)。1884年に吉川家の先祖を祀るために建立されましたが,社殿自体は江戸時代 1728年の建築物で重要文化財に指定されています。  ◆居館跡の南西隅に建つ錦雲閣(きんうんかく)は明治時代の1885年に建造された絵馬堂です。◆居館跡の南側に残る旧吉川邸厩門は最後の藩主である吉川経健(きっかわつねたけ)が明治時代に入り邸宅を建てた時に造られた長屋門で国の登録有形文化財となっています。  ◆厩門の背後にある旧吉川家岩国事務所。明治以降に吉川家は東京に移り住みましたが岩国に建てた邸宅の裏手に1931年(昭和6年)に建てられました。県指定有形文化財。◆これも厩門の背後にある重厚な岩国徴古館(ちょうこかん)は戦時中の1945年に完成。物資不足の中,竹筋コンクリートが使われているそうです。国の登録有形文化財。  ◆居館跡より南に伸びた水堀は吉香花菖蒲園となっています。◆吉川資料館には吉川家伝来の品々が多く納められています。資料館の前には7代目の吉川経倫(きっかわつねとも)の隠居所として築かれた昌明館の付属屋及び門が残り岩国市の指定文化財となっています。  ◆公園内に残る岩国高校記念館。明治時代の岩国女学校の校舎だそうです。◆香川家長屋門は家老屋敷の表門で時は元禄 1693年の建造と伝わり県の有形文化財に指定されています。  ◆旧目加田家住宅は18世紀後半の後半の建造とされ,中級武士の住宅を今に残す貴重な遺構で国の重要文化財に指定されています。目加田氏は元々近江の氏族でしたが,天正年間に吉川元春に仕え,関ケ原の戦いの後吉川広家に付き従い岩国に移ったとされます。◆ロープウェイで山上の遺構に向かいます。  ◆ロープウェイの山頂駅から城跡に向かいます。◆二の丸の石垣が見えてきました。山上の案内。西から二の丸に入り東に向かって本丸,北の丸と続きます。  ◆案内には大手門下の出丸とある場所の隅台跡。◆この横川大手門の枡形に進入します。  ◆大手門の枡形虎口を上から見ています。◆二の丸の様子。現在は二の丸広場として整備されています。  ◆1962年に再建された復興天守。本来の位置よりは南側に移され,錦帯橋からの眺めが映えるようになっています。◆天守を別の角度から。  ◆天守よりの眺望。錦帯橋を中心に岩国の町並みが一望できます。◆こちらが,調査に基づき本来天守のあった位置に積み直された旧天守台。観光客向けの主要ルート以外にも遺構は残るのですが,このような少し詳しい縄張図を見た方がわかりやすいかもしません。  ◆これは本丸の隅櫓跡。◆隅櫓は本丸内に残る本丸内枡形虎口を守備していたようです。  ◆この三階櫓跡は眼下にある空堀付近に睨みを利かせています。◆本丸南側の高石垣沿いを進んでいます。  ◆この付近が御本門跡。北の丸との境界にありました。◆本丸と北の丸を隔てる空堀(南側から)。北側まで突き抜けて竪堀となって落ちていきますので,後でそちらから見ます。  ◆北の丸広場として整備された部分。◆北の丸から下の曲輪に下りる内枡形虎口。  ◆内枡形虎口を下から見ますと破壊の跡が生々しいのですが,石垣で固められていたことがわかります。◆北の丸の東面の石垣。屈曲した折れを確認することが出来ます。  ◆本丸と北の丸を隔てる空堀の北側に回り込みました。◆空堀のさらに北側は竪堀となり落ちていきます。  ◆本丸の北下にある水の手曲輪。ここには大釣井(おおつるい)と呼ばれる大きな井戸が残っています。さらに谷下には小釣井もあるそうです。◆水の手曲輪の中程にある埋門跡。  ◆水の手曲輪の北側に開く内枡形虎口。◆虎口に石段が残っていることを確認することができます。  ◆公園の西側に外にある吉川家墓所。歴代の当主や一族の墓があります。◆藩祖 吉川広家の墓は少し離れたところにありました。観光名所としても有名な町ですので子供の頃から何回か来たことがあったのですが,そこまでつぶさには見ていませんでした。お城に関係のある場所を全て回ると結構なボリュームですし,山上だけでも丁寧に見ていくと色々な遺構を確認することができます。大きな地図で表示 お城巡り ブログランキングへにほんブログ村FC2 Blog Ranking close

第416回:岩国城(江戸時代に吉川氏が本拠地とした名城)
サイト名 こにるのお城訪問記
タグ 山口県の城郭
投稿日時 2021-05-04 01:00:02

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