<大洲城>の”二重櫓”を巡る(前編)の詳細

<大洲城>の”二重櫓”を巡る(前編)
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記事タイトル <大洲城>の”二重櫓”を巡る(前編)
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「全国の“二重櫓”を巡る」をテーマで、「現存」と「復元・復興・模擬」の「二重櫓」の多様性(構造、形式、用途、目的、名称等)を実感しながら、北から南にかけてお届けしています。 本日第32弾目は、「大洲城 高欄櫓、台所櫓」の二基です。「大洲城」には、あと二基「苧綿櫓」「三の…… more 丸南櫓」がありますので、次回,第33弾でお届けします。  ①「大洲城  高欄櫓、台所櫓」(愛媛県大洲市)   いずれも現存の重要文化財 大洲でのお城の前身は、鎌倉時代末期の伊予守護職「宇都宮家」が築いたお城で、約200年間居城しました。 しかし「宇都宮家」は、「長宗我部元親」に与した家老「大野家」に城を乗っ取られますが、「大野家」は「小早川隆景」に滅ぼされ、その後「戸田家」を経て関ケ原の戦いで功績をあげた「藤堂高虎」が今治の築城を進め、「大洲城」には養子の「藤堂高吉」を城代として置きます。 1609年に「脇坂安治」入城し城下の整備を押し進めていて、1617年に「加藤貞泰」が入城した時点では既に近世城郭が出来上がっていました。 以降、「加藤家」が代々続いて、幕末・維新まで統治を行います。 「高欄櫓」(重文)は、「台所櫓」とともに、「天守」に「多門櫓」で連結する「連結式天守」を構成する櫓で、「小天守」の位置づけとなっています。 「天守」南側に建ち三間四方の小型櫓で、上層には「軒唐破風」が施され、「擬宝珠」が付いた「高欄」を持つ格式を重視した外観になっています。しかしながらこの「高欄」は、内部から外に出ることができず見栄えだけの装飾でした。 重文「高欄櫓」(二階上層には「軒唐破風」、南面、右に「台所櫓」)重文「高欄櫓」(二階に「擬宝珠付き高欄」、東面)重文「高欄櫓」と復元「多門櫓」(「本丸」後側から)重文「高欄櫓」の2階(木造復元「天守」より、南方向) そして、南西隅には板張りの袴腰型の「石落とし」を付けていて、上層との外観とは対照的になっています。 重文「高欄櫓」(南西隅の袴腰型の「石落とし」)と木造復元「天守」重文「高欄櫓」と木造復元「天守」重文「高欄櫓」1階内部重文「高欄櫓」2階内部(「高欄」がある外部には出られない) 「台所櫓」(重文)は、「天守」東側に「多門櫓」で連結し、六間四方の大型櫓で、1階の壁面は白漆喰ですが、2階は「下見板張り」になっています。また、北側初重には破風を付けて、その中には「華頭窓」が施されていて格式を持たせています。内部の1階は土間と板敷の2室、2階は1室となっています。、重文「台所櫓」、木造復元「天守」、重文「高欄櫓」重文「台所櫓」(上階は「下見板張り」、南東隅)重文「台所櫓」(上階は「下見板張り」、南面)重文「台所櫓」(初重に「千鳥破風」、見難いが中に「華頭窓」が付く)と木造復元「天守」、「肱川」越しに見る)重文「台所櫓」1階から木造復元「天守」1階方向重文「台所櫓」2階重文「台所櫓」の階段 次回のブログは、「大洲城」の二重櫓「苧綿櫓」「三の丸南櫓」です。   「ポチ」をどうぞよろしくお願いいたします。にほんブログ村   こちらにも「ポチ」もどうぞよろしくお願いいたします。お城巡りランキング   close

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投稿日時 2021-04-08 15:20:02

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