美濃 広瀬城  郭にたくさんの城址碑石碑を持つ城の詳細

美濃 広瀬城  郭にたくさんの城址碑石碑を持つ城
久太郎の戦国城めぐり
ページの情報
記事タイトル 美濃 広瀬城  郭にたくさんの城址碑石碑を持つ城
概要

美濃 広瀬城 (小谷山城) (岐阜県揖斐郡揖斐川坂内広瀬・小谷山)城跡へ登って一心不乱に散策していると・・。ふと誰か(何か)に見られているような気になる瞬間がありませんか?。・・いやいや、ここで怖い話をするつもりはございません。上手く言えませんがそれは「人目」ではなく。何と言いま…… more すか城全体域を覆う自然界から放たれている何かから・・というか。見守ってくださっているような、促されているような何か不思議な感覚です。これがいわゆる「霊感」というものなのかどうかはわかりませんが。幸いなことに自分はそこに「悪意」を感じたことはありません。「世の中には好事家がおるもんだ」と呆れて見られているのかもしれませんね。たまに感じるのは彼らの視線・・。ここでは彼らが先住民。失礼なきよう。さて、今回は岐阜西濃と滋賀江北との国境に位置するまさに「人目もない城」へ。旧坂内村の広瀬城(小谷山城)を散策してみました。山深い横山ダム湖よりさらに奥の地域ですが自然に囲まれた静かな地域です。東に黒津川、西に大谷川に挟まれた要害尾根にある広瀬城。天正年間(1573年〜1592年)の城主は広瀬兵庫助でした。広瀬兵庫助といえば本能寺の変の際、長浜城にいた秀吉の母と夫人らをいち早く保護。長浜城から米原へ逗留して道中の警護したことで知られています。(実際は近江・甲津原(滋賀県米原市)にて世情が安定するまで寺にて警護)後に秀吉からその功績を賞せられ兵庫助には加増と本領安堵状が出されました。一行の中には秀吉の母・なかと正室のおねをはじめ、義兄・浅野長政夫婦らも一緒でした。またおねの兄・木下家定ら夫婦とその5男の幼い辰之助、後の小早川秀秋もいたようです。これは結構どころか大手柄ですね。麓にある五輪塔群にご挨拶をして登城します。(綺麗にされてみえますね)広瀬城(小谷山城)への遊歩道は2ルートあります。先ずは定番の南尾根を直登する最短ビギナーコース(自称)です。役場駐車場と公衆トイレ、近くには自販機もあるのでこちらからがおススメ。登る時間は30分くらいはみたいところです。最短コースですが急峻なため休みながら登ることになるでしょう。坂内振興事務所裏手から遊歩道登り口がありほぼ直登していきます。もう一つは西麓から登るエキスパートコース(あくまで自称)です。こちらは谷川に沿って途中から尾根に取り付きます。夏場は日影で谷川の滝やせせらぎが楽しめます。但し、登城ルートが途中でわからなくなる怖れもある冒険コースでもあります。谷川の自然を楽しめるコースです。こいつに襲われないよう気を付けましょう!(イラスト怖すぎる)なんだか子供の頃に見ていたジャンプ漫画を思い出します。『銀牙 -流れ星 銀-』に登場する敵役の「赤カブト」という凶悪な熊のドン(首領)です。犬も喋れば熊も喋る(笑)。とても面白い漫画(アニメにもなりました)でした(懐)。どちらのコースでも到達点はこの曲輪です。注目されるのは東側の竪堀(写真右側)。長さは約25メートルはあろうかという長い竪堀です。曲輪自体は狭いのですが東側には明確な竪堀が落とされています。渇いた落ち葉が堆積している竪堀はまるで滑り台。回り込みを防ごうとする意図がよく感じられます。竪堀を25メートル降って下から上を見上げてみます。長いトンネルのその先に出口を感じるようなイメージです。かなり下まで降ってもその鋭さを維持したまま残っていることがわかります。竪堀調査は登ったり下ったりの連続ですが、これが面白いところ。一段上がって二の曲輪へ。その先には主郭部への虎口があります。虎口両脇は土塁で固められています。広く開放感のある広瀬城の主郭部に至ります。主郭内はとてもきれいに削平されていて見通しがイイですね。訪問した時期は木々の葉も落ちて木洩れ日が優しい雰囲気でした。こんな時はなんとなく「歓迎されてるのかな」なんて感じますね(* ´ ▽ ` *)。主郭内部には西から北にかけて土塁がめぐっていたようです。現在はっきり確認できるのは曲輪北の尾根続きにある土塁です。あとは曲輪南の虎口の両脇の土塁ですね。中世地方土豪クラスの典型的な城砦の姿を留めていると思われます。上を見上げると城址らしい松の古木もあり見守ってくださっているよう。木々の間からは少しだけ集落が見え隠れしています。石とセメントで「築城された」天守風オブジェが渋くていいです。なんか懐かしく思い出されます。「昭和の心意気」っていうか・・。自分が小さい頃は公園や広場ににこういう類のモノ結構ありました。時が経ちもうボロボロなんですが、それでも姿勢よく立っている姿に感動します。そしてそれ以上に驚いたのは城址碑の数の多い事多い事(笑)。 小谷山城石碑その① と 城主・広瀬兵庫助の碑 ここにも小谷山城石碑その② と小谷山城石碑その③ まだまだあります、小谷山城石碑その④ と 小谷山城石碑その⑤なんでこんなにたくさんあるのでしょう??登頂記念事業でもあったのかな?でも愛されてますね。城址石碑フェチの自分としてはそんな地元愛、わかるような気がします。この中で一個お気に入りを選ぶとしたら・・。古木に立てかけられた『名勝 小谷山城』のこの石碑でしょうか(*^_^*)。「城」という字の7画目からの跳ねがたまりませんぜ・・。(特にご理解は求めません)主郭部背後の尾根の堀切。背後の堀切は若干の弧を描いて北西方面の谷へ竪堀となっていきます。またここから北へ100mほど登った標高480m地点には北遺構と称される場所もあります。その北遺構部にも行ってみましたが、山に少し手を加えた平坦地の形跡は確認できました。しかし積極的にそれが城館に関わるものとは判別ができませんでして・・。手元のスケッチには遺構として見取ることはやはり控えさせていただきました。搦手にあたるので何らかの非常時用施設が設けられていたものかもしれません。広瀬城は全体的にとても見学しやすい遺構だと思いました。高い山の上ですが麓の里と隔絶されている、というほどでもなく程よい高さです。なにより自然が豊かなのでそこに身を置いているだけでも充分気持ちがいい城でした。冒頭でお話した「見守ってくださっているような」感覚・・まさにそれ、でした。 close

美濃 広瀬城  郭にたくさんの城址碑石碑を持つ城
サイト名 久太郎の戦国城めぐり
タグ 揖斐郡揖斐川町の城めぐり
投稿日時 2021-02-01 06:40:02

「美濃 広瀬城  郭にたくさんの城址碑石碑を持つ城」関連ページ一覧

新着記事一覧

<打込み接・布積み(関八州)> 江戸城、小田原城、佐貫城


シロスキーのお城紀行
「石・石塁・石垣シリーズ」は、昨日から、下記の分類表「①②-(4)打込み接・布積み」の石垣を導入しているお城を、再び日本の北から南にかけてご紹...
シロスキーのお城紀行
2022-09-26 01:00:04

中城城 日本100名城 沖縄 路線バスで行く世界遺産5城 5-4


hachiの日本100名城 続日本100名城 お得な切符で行く 鉄道・バスの旅
 ◆中城城 三の郭の石積 またかなり間が空いてしまいました。引き続き3月中旬に久々に沖縄、世界遺産5城を2泊3日で路線バスを利用して...
hachiの日本100名城 続日本100名城 お得な切符で行く 鉄道・バスの旅
2022-09-25 14:40:05

<打込接・布積み(奥羽・出羽)> 弘前城、盛岡城、仙台城、会津若松城


シロスキーのお城紀行
「石・石塁・石垣シリーズ」は、「①②-(3)打込み接・乱積み」を日本の北から南まで展開しているお城の写真をお届けしてきましたが、昨日で一応終了...
シロスキーのお城紀行
2022-09-25 02:00:03

讃岐小豆島 星ケ城  西峰と東峰から成る素晴らしい眺望の山城


久太郎の戦国城めぐり
讃岐小豆島 星ケ城 (香川県小豆郡小豆島町安田・星ケ城山) <県指定史跡> <ちょっと小豆島まで行ってきます・②>坂手港から安田館を訪問した後...
久太郎の戦国城めぐり
小豆島の城めぐり
2022-09-25 01:40:03

第439回:江馬氏下館(北飛騨における江馬氏の繁栄を示す城館跡)


こにるのお城訪問記
訪問日:2021年11月江馬氏下館(えまししもやかた)は岐阜県飛騨市にあった城館です。江馬氏城館跡の一つとして国史跡に指定されています。北飛騨の雄...
こにるのお城訪問記
岐阜県の城郭
2022-09-25 01:20:03
;