茂呂城 群馬県伊勢崎市の詳細

茂呂城 群馬県伊勢崎市
古城巡り2015
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記事タイトル 茂呂城 群馬県伊勢崎市
概要

茂呂城 Google退魔寺が本丸で60m×100m、虎口は東面、西北角に櫓台があったという事です。二の丸はその東側、東南と北に虎口が設けられていたという。北の[おくら]という所が三の丸、堀切を隔てて北郭が付き、西北端には角馬出しがあった。東に広い総郭がありと有るが現在では遺構は無…… more いと思われる。㊟イメ-ジ図になります石岡山不動院と号す。南北朝時代の頃、応安4年(1371年)に時の城主・茂呂勘解由左衛門尉源義輝が城内の光円坊を改めて、香華院を創立した。そして、弘法大師自作の不動明王を本尊とし、鶏足寺から道照禅師を迎え、開山の師と仰いで帰依したのが、この寺の始まりであった。後に退魔寺と改称して本寺格となり、現在に到っている。石田三成が伊勢崎を通った時、土橋(現・光円橋)付近に毎夜妖怪が現れ、そのために庶民が難渋しているということを聞いた。早速、三成は行動を起こし、この騒ぎを解決したといわれる。そのため、寺号を改め、また寺紋を石田氏の紋にしたとされる。その後、寛文3年(1663年)、回禄の災に遭遇したが、寛文10年(1670年)には再建された。さらに延宝5年(1677年)9月には10坪余りある不動堂を建立している。本堂には、大日如来を安置しており、宝暦10年(1760年)3月には庫裏を建設、寛政4年(1792年)に本堂を改築、さらに昭和63年(1988年)1月に本堂の屋根を全面改修して現在に到っている。石田氏家紋茂呂城址標柱広瀬川から見た城址大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )人気ブログランキング close

茂呂城 群馬県伊勢崎市
サイト名 古城巡り2015
タグ 群馬県
投稿日時 2021-01-11 01:20:03

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