第396回:上赤坂城(楠木軍 VS 幕府軍の激闘)の詳細

第396回:上赤坂城(楠木軍 VS 幕府軍の激闘)
こにるのお城訪問記
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記事タイトル 第396回:上赤坂城(楠木軍 VS 幕府軍の激闘)
概要

訪問日:2018年12月上赤坂城(かみあかさかじょう)大阪府南河内郡千早赤阪村にあった城です。楠木城とも呼ばれ国史跡に指定されています。鎌倉幕府の末期,北条高時と後醍醐天皇の勢力が争った元弘の乱において天皇方の楠木正成率いる楠木軍が活躍した舞台として知られます。1333年の上赤坂…… more 城の戦いでは主将に平野将監入道,正成の弟である楠木正季(くすのきまさすえ)が副将として籠城し鎌倉幕府軍を迎え撃ちます。1331年に落城した下赤坂城に比べても堅固なこの城で新兵器や奇策を展開し幕府軍には甚大な損害を与えましたが,城兵はほぼ全滅状態となり,平野将監入道は投降。楠木正季は隙をついて脱出に成功しています。この戦いの後も南北朝時代を通じて南朝方の拠点として機能しました。また,残された遺構には戦国時代の改修も見られるため,戦国期まで活用されたと考えられます。  ◆登山口の様子。ここに駐車場も整備されています。◆登山道入って直ぐにある一の木戸。この切通しにる第一の木戸があったということです。現地にあった案内案。登山道を一の木戸から4つの木戸を抜けて主要部に到達します。本丸と二の丸の2つの曲輪が中心となっていることがわかります。  ◆登山道は写真のように狭い窪み状になっている部分が多いです。◆二の木戸に到着。  ◆切通しになった登山道を進みます。◆三の木戸に到着。  ◆四の木戸前は堀切がありそろばん橋と呼ばれる曳橋が架かっていたとされます。現在は土橋となり屈曲しながら堀切を渡ります。◆土橋から見る堀切の様子。  ◆四の木戸を超えると二の丸の曲輪の切岸が見えてきます。◆茶碗原と呼ばれる場所は本丸と二の丸の間の鞍部に造られた曲輪で炊事場があったと伝わります。  ◆茶碗原からまずは二の丸にやってきました。いくつかの段状の曲輪があります。◆二の丸の北下には写真の竪堀の他,戦国期に改修されたと考えられる遺構が残ります。  ◆さらに下をのぞき込むと横堀もあるようです。かなり深い。◆茶碗原に戻り本丸を目指します。本丸の切岸が見えてきました。  ◆展望台となった本丸北部分にある城碑。史蹟 楠木城阯(上赤坂城阯)とあります。◆本丸よりの眺望。  ◆本丸の中央部はあまり整備されておらず,千畳敷とも呼ばれたその広さを実感するのは難しいかもしれません。◆本丸南部分の下段。  ◆下段の先のトラロープを伝って下りていきます。◆下には大規模な堀切がありました。  ◆本丸を巻くように築かれた腰曲輪。◆腰曲輪をぐるっと回り込むと城碑のあった展望台の下に到着。中々の切岸です。歴史的には鎌倉時代末期の活躍が有名な楠木正成の城郭は技巧的な遺構が残っていないことが多いのですが,ここは戦国時代の改修が入っていることもあり遺構としても見所が多い城であると思います。大きな地図で表示お城巡り ブログランキングへにほんブログ村FC2 Blog Ranking close

第396回:上赤坂城(楠木軍 VS 幕府軍の激闘)
サイト名 こにるのお城訪問記
タグ 大阪府の城郭
投稿日時 2020-11-22 01:20:02

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