20/10/17 藤岡城の詳細

20/10/17 藤岡城
ちまちまと散策&日記
ページの情報
記事タイトル 20/10/17 藤岡城
概要

この日は10月唯一散策に出られる日でしたが雨天でした。 そのため昼過ぎに外出して、東武日光線藤岡駅から北東へ500mほどと駅からほど近い場所にある三所神社へ向かいました。 概要 この三所神社を西端として、東武日光線の線路辺りまで藤岡城の城域だったとされています。 現在遺構は痕跡…… more らしきものが残る程度とされています。 藤岡城散策 (左)藤岡駅北側の踏切を渡った辺りにある案内。駅周辺から三所神社まで設置されています。 (右)神社へ向かう路上右手側の畑を見ると段差があり、堀跡の名残では無いかと思われます。 (左)東側から主郭へ向かう道。右手側は工場になっています。 (右)東側から見た主郭。右手側に三所神社が見えます。 (左)城域西端部にある三所神社は周辺より高くなっていて、櫓台跡とも見られています。 (右)説明板。 (左)三所神社境内。 (右)神社境内から北側を見ると外堀の跡らしき痕跡が見受けられます。 (左)三所神社の南側には土塁の痕跡らしきものが見受けられます。 (右)土塁の外側にある一段下がった平場は腰曲輪跡の様です。 西側から見た主郭。 藤岡城歴史 この城は932年に平将門によって築かれた花岡館が始まりと云われている様です。 940年に将門が討たれると廃城になります。 1018年、藤姓足利氏の足利成行が中泉城として再興すると一族の佐貫重光を置いたと云われています。 藤姓足利氏は平安末期のいわゆる源平合戦で平氏方についたため敗れて没落します。 鎌倉、南北朝に置いて用いられていたか定かで無いようです。 藤姓足利氏の流れを汲む藤岡氏が居を置いていた様ですが、藤岡氏が藤姓足利氏と佐貫氏どちらの末裔かは確認出来ていません。 藤岡氏は後北条氏の傘下にあった様で、佐竹氏や宇都宮氏などに対する備えとして機能していた様です。 1577年には藤岡清房が唐沢山城主の佐野氏に滅ぼされ、佐野氏の拠点となり城代として茂呂氏が置かれた様です。 佐野氏は後北条氏の支配下にあったり対立したりしていましたが、最終的には後北条方に属していました。 1590年、小田原の役に際して落城し廃城になったとされてます。 参考 現地説明板 余湖くんのお城のページ 攻城団 close

20/10/17 藤岡城
サイト名 ちまちまと散策&日記
タグ 佐野氏 栃木市 栃木県の城郭 茂呂氏 藤姓足利氏 藤岡氏
投稿日時 2020-10-29 01:00:03

「20/10/17 藤岡城」関連ページ一覧

新着記事一覧

<打込み接・布積み(関八州)> 江戸城、小田原城、佐貫城


シロスキーのお城紀行
「石・石塁・石垣シリーズ」は、昨日から、下記の分類表「①②-(4)打込み接・布積み」の石垣を導入しているお城を、再び日本の北から南にかけてご紹...
シロスキーのお城紀行
2022-09-26 01:00:04

中城城 日本100名城 沖縄 路線バスで行く世界遺産5城 5-4


hachiの日本100名城 続日本100名城 お得な切符で行く 鉄道・バスの旅
 ◆中城城 三の郭の石積 またかなり間が空いてしまいました。引き続き3月中旬に久々に沖縄、世界遺産5城を2泊3日で路線バスを利用して...
hachiの日本100名城 続日本100名城 お得な切符で行く 鉄道・バスの旅
2022-09-25 14:40:05

<打込接・布積み(奥羽・出羽)> 弘前城、盛岡城、仙台城、会津若松城


シロスキーのお城紀行
「石・石塁・石垣シリーズ」は、「①②-(3)打込み接・乱積み」を日本の北から南まで展開しているお城の写真をお届けしてきましたが、昨日で一応終了...
シロスキーのお城紀行
2022-09-25 02:00:03

讃岐小豆島 星ケ城  西峰と東峰から成る素晴らしい眺望の山城


久太郎の戦国城めぐり
讃岐小豆島 星ケ城 (香川県小豆郡小豆島町安田・星ケ城山) <県指定史跡> <ちょっと小豆島まで行ってきます・②>坂手港から安田館を訪問した後...
久太郎の戦国城めぐり
小豆島の城めぐり
2022-09-25 01:40:03

第439回:江馬氏下館(北飛騨における江馬氏の繁栄を示す城館跡)


こにるのお城訪問記
訪問日:2021年11月江馬氏下館(えまししもやかた)は岐阜県飛騨市にあった城館です。江馬氏城館跡の一つとして国史跡に指定されています。北飛騨の雄...
こにるのお城訪問記
岐阜県の城郭
2022-09-25 01:20:03
;