美濃 郡上中山城  片膝をつき向かい合う石垣の詳細

美濃 郡上中山城  片膝をつき向かい合う石垣
久太郎の戦国城めぐり
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記事タイトル 美濃 郡上中山城  片膝をつき向かい合う石垣
概要

美濃 中山城 (岐阜県郡上市相生中山・城山)親子で、またはご夫婦やカップルで「山城めぐり」、いいですね!。「こんにちわ」、「頂上まであとどのくらいですか?」、「お気をつけて」・・。皆さん礼儀正しく実に爽やかな笑顔を返していただけます。特に子供さんの足取りは早く、後から追うように付…… more いていく親さんも。こんなハズじゃなかった・・というような形相の運動不足お父さん、聞いてないわよ、こんな山なんて・・というような軽装すぎるお母さん。皆さんそれぞれ「山城のスゴさ」を身をもって知ることになるようです(笑)。さて、ここのところは郡上郡の旧・美並地区の城を巡ってまいりました。ここから徐々に北上して参りたい、と思います。今回は郡上八幡城の南口を押さえる要の城、中山城に登ってみました。比高200メートル以上の比較的高く奥まった山頂に位置しています。郡上街道と武儀街道の合流地点を扼する地点に築かれました。山頂へは麓の長良川鉄道・相生駅方面から登ります。道のりは長く、なだらかなであるにせよ山道を歩き登ることになります。・・結構気合が要ります。登山前に城主として伝わる稲葉忠次郎秀方の墓前に伺いました。天正十六年(1588)遠藤慶隆は加茂郡に減封され八幡城には稲葉貞通が入城します。中山城は八幡城の支城とされ次子・忠次郎秀方を配し改修されました。関が原の戦いでは最初西軍として岐阜城主・織田秀信に属し犬山城に詰めていました。八幡城が遠藤・金森勢に襲撃されると報告されるや僅か32騎を率いて救援に向かいました。墓の案内は城址石碑の側面に示されていますが・・。かなりわかりずらい場所にありますので末尾に地図で示してあります。麓の登り口には立派な石碑が立っています。市立相生小学校の西側の道の坂道が入口です。車でも通れる道ですが狭く1台しか通れないので注意が必要です。登り切った広場の老人憩いの施設より山中に入ります。駐車場は老人憩いの家の広場をお借りします。この中腹の広場一帯はかつて福手氏の葺山城があった場所と伝わっています。治承二年(1179)に福手氏が山の中腹に葺山城を築いたのが始まりだそうです。中山城となってからは居館部として利用されたようです。ここから尾根に沿って登って行きますが・・。はっきりとした登山道は現在消えてしまっています。なんとなく道?となった面影を辿ることになりました。ここでも出ました!意味不明の穴凹。何の痕なのか知りたいです。一つ目のピークを越えたら分岐点を右へと辿ります。ここには「城」と書かれた案内表示版が右方向へと指しています。どうせなら城山の登り道の案内も欲しい所ですが・・。この荒れ様ではかつてはあったのかもしれませんね。途中からちらりと見える麓(稲成地区)と長良川。高い所まで来ました。おそらくこのルートが大手に相当するのかと思われます。2段の曲輪を通過して主郭部へと入っていきます。いつものことですが平坦部に至ると「城に着いたな・・」と思いますね。大手口の虎口は桝形となり迫力ある石垣造りが見られます。崩落が進んでおり石垣はかなり崩れています。積み方自体もやや粗雑なので仕方がありません。それがかえって古城感をかもしだしているのは間違いないことですが。南に面した腰曲輪に目をやります。かつては法面に張り付いていたの石垣が曲輪内部に散らばっています。この曲輪は城内の東西を連絡していた場所かと思われます。曲輪の東西にそれぞれ虎口を受け持っています。主郭本丸部の石垣と石段。石材はおそらく山中で現地調達したものでしょう。実にワイルド。大小様々な割石を組み巨石でもって挟み込み強度をだしているようです。石に張り付いた苔と笹のじゅうたんの中で眠っているよう。しかしこの巨石がない箇所はほぼ全壊状態。主郭南西角部の崩れた箇所。ボロボロと崩れた様子がよくわかります。裏込め石が石がないため土壌がくずれると実に脆いようです。一方でその奥の土の切岸がはっきりと原型を留めているのも皮肉ですね。西口の虎口曲輪にはここにも穴凹が・・。ややブッシュ気味の本丸。北側には低い土塁痕も見られます。主郭部背面には削り抜いたような切れ味ある堀切が。もともと深い谷の鞍部をさらに削り深くした堀切だと思われます。本丸背後にありながら直接降りる事さえ怖いくらいの斜面となっています。写真では右側の上部が本丸にあたります。谷を利用しているので自然的な竪堀もハンパありません・・。落ちたらグッバイ。堀切の下には石組みの穴が・・。これは烽火台?なのか?(井戸ではなさそうに映りました)ここもやがて崩れていく運命にあるのでしょうか。(残存状態のよい本丸部石垣)できればもうすこしそのままの姿でいて欲しいです。人に積まれた石垣が自然と一体になっているその姿が見たいのです。思わず片膝をついてまじまじと見惚れ、祈りの言葉をかけます。中山城の主郭部の位置です。稲葉忠次郎秀方の墓の位置です。国道256号線に面した側の奥まった所です。 close

美濃 郡上中山城  片膝をつき向かい合う石垣
サイト名 久太郎の戦国城めぐり
タグ 郡上市の城めぐり
投稿日時 2020-10-04 20:40:02

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