砥石城④の詳細

砥石城④
山城めぐり(兄弟ブログ biglob)
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記事タイトル 砥石城④
概要

二の丸から本丸へ 三の丸の北、ここを登れば二の丸 砥石城から馬場を経て、曲輪4に入り、三の丸から二の丸へ来ました。(縄張り図は「信濃の山城と館」上田・小県編) 二の丸に入り、本丸南虎口を見ています。 三の丸を見返しています。 三の丸から曲輪5に入り、曲輪4を見下ろしてい…… more ます。 三の丸南先端部から曲輪4を見下ろしています。 本丸南虎口、石垣が残っています。 虎口から二の丸を見下ろしています。 本丸は意外と広い曲輪です。 次回 桝形城へ 矢沢頼綱 生涯 真田頼昌の三男とされる。通称は源之助で、真田幸隆の弟にあたる[1]。矢沢家は矢沢郷(現在の上田市殿城町矢沢)を支配する地侍で、真田郷に隣接する地域。しかも諏訪氏の一族として真田家とは敵対関係にあったが、頼綱がその養子になる事で敵対は解消された[1]。 若い頃出家し、京都鞍馬寺の僧となるが、程なく郷里に戻って還俗したとされる。武田信玄に仕える兄の幸隆の下で信濃先方衆として活躍する。 一方で1541年10年(天文)5月の海野平の戦いで幸隆とともに惣領家の海野氏に与して敗北し、諏訪氏の斡旋を受けて武田信虎に従った。ただ、この頃は真田家の家臣ではなく、独立した小領主として甲斐武田家に従っていた[1]。 1551年(天文20年)に、兄の幸隆の援助を受けて、荒砥城を攻撃して、村上氏一族の山田国政と吾妻清綱を攻め滅ぼした。 幸隆や後を継いだ甥の信綱に従い、1563年(永禄6年)9月の上野岩櫃城攻略で功を立てた[1]。以後は真田家の吾妻郡平定で先頭に立って働き、一時期は岩櫃城代を勤めた[2]。 1575年(天正3年)5月の長篠の戦いで信綱が亡くなると、真田家を継いだ甥の真田昌幸に従った。昌幸は甲府に詰める事が多かったため、頼綱は吾妻郡の経営や沼田領侵攻の指揮を執った[2]。1580年(天正8年)5月に沼田城攻略に成功し、その功績により沼田城代に任命された[2]。この頃には「頼綱」と改名しており、武田勝頼の偏諱である可能性が指摘されている[3]。 長篠合戦直前の3月に菩提所である矢沢の良泉寺に郷内の土地・10貫文を寄進している(『良泉寺文書』)。 1582年(天正10年)3月に織田信長の武田征伐で武田家が滅亡すると、独立勢力となった真田家の重臣となり、昌幸から頼綱に宛てて指令を出した書状も数通確認されている[2]。1583年6月17日には沼田領として200貫文を与えられている[4]。頼綱は後北条氏との最前線で働き、1585年(天正13年)3月14日付で沼田城在番の功労として海野領で1,000貫文を宛がわれている[2]。同年の上田合戦では徳川家康に呼応した北条氏直の叔父・氏邦の沼田侵攻を受けるが撃退している。 1585年の書状から嫡子・矢沢頼康と連署しており、これ以後は頼綱の活動がほとんど確認されていないため、この頃に代替わりが行なわれていたと見られている[4]。 以後、矢沢家は真田家臣団の中で最高位にあり、子孫も明治時代に至るまで藩の筆頭家老格を維持し、知行高も2,000石を数え、同心40人を預かる大身として存続した[4]。 1597年(慶長2年)5月7日に死去。享年80。ウィキペディアより 武田信玄の配下に入った真田幸隆の弟の頼綱を、信玄が砥石城を攻めてくるときに、義清は城兵として置いておいたのは、いまだに信じられません。村上義清が迂闊であったと片付けるには疑念が残ります。いずれにしても結局、矢沢頼綱の手引きによって、真田幸隆は単独で砥石城を乗っ取ることができたのです。 close

砥石城④
サイト名 山城めぐり(兄弟ブログ biglob)
タグ 山城ー信州
投稿日時 2018-12-29 00:20:06

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