苗木城(岐阜県)の詳細

苗木城(岐阜県)
むぎの城さんぽ
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記事タイトル 苗木城(岐阜県)
概要

【苗木城】なえぎじょう 【別名】霞ヶ城・赤壁城・高森城 【構造】山城 【築城者】遠山一雲入道昌利 【築城年代】1526年 【指定史跡】国指定史跡 【場所】中津川市苗木 地図 【スタンプ設置場所】中津川市苗木遠山史料館(午前9時30分から午後5時まで※入館は午後4時30分まで) 【…… more 城郭検定】出題あり 天然の水堀である木曽川と岩盤が剥き出しの立地に構えた苗木城は竪固な山城です。 建物も岩の上に懸け造りで構築し、独特な築城をしています。 良質な自然石を活かし多くの石垣を築き、そのままの巨石をも石垣として利用しています。 苗木城への道 この日は夜明け間近の国道19号線を走っていると、だんだん明るくなるにつれ靄がかかり 霧で見通しが悪くなってきました。 もしや雲海が見えるかも!なんてちょっと期待して案内看板通りに苗木城を目指しました。 大手門跡 苗木城の正門です。 四十八曲り入口 ここから四十八曲りを通って竹門の手前で右に曲がり北門から城内へと至ります。 しかし今回は更に先に進み、苗木遠山資料館へ側の竹門跡手前の駐車場まで車で行っちゃいます 駐車場 AM7:00前なのに、既に車が数台停まっています。 これは直ぐに満車になってしまいそうな予感…。 早く来て良かった 駐車場からすぐのところに竹門があります。 もう、このあたりからワクワクが止まりません。 竹門跡 早々に石垣がお出迎えです。 足軽長屋跡 なんと、ここから主郭が見えるのでカメラポイントになっています。 日出と共に写そうとカメラをセットしている人たちが居ました。 この曲輪の奥には城主の祈祷所でもあった龍王院跡が残っています。 パンフレットボックス ありがたいことに、ここにパンフレットの入ったボックスがあります。 ここでパンフレットを入手して散策ルートを決めて進みます。 石垣が至る所に使用されていて、その積み方も一貫しておらず、様々な積み方が見られます。 左の道へ進むと大矢倉跡へ。 右の道へ進むと二の丸方面へ向かいます。 大門下 正面は石垣が法螺貝のように巻いているように見え、左側もこの写真では見えないのですが 堀のように深くなっていたり、石垣の壁があったりで迫力あります。 二の丸跡 この建物跡は遠山家の住居があった場所で、 懸け造りの建物には家臣が集まる部屋もありました。 ここではまだそれほど高い位置ではないですが、それでも眺めの良い屋敷であった ことは間違いないでしょう。 台所門跡 ここから下の二の丸は領主の居住区とあって生活感のある名前の付いた門ですね。 ここからはクネクネと門を突破しながら天守目指します。 御朱印蔵 石垣の上に御朱印蔵が建っていました。 御朱印蔵は、領地目録や将軍家の朱印状などを納めておく宝物庫です。 出入りや管理は厳重で、必要に応じて梯子を掛けるようになっており普段は 御朱印蔵に登ることが出来ないようになっていました。 石垣もノミを使って加工した整合積みになっていて、足を掛ける隙間もありません。 綿蔵門跡 本丸への道を遮断するように建てられた門で、夕方4時以降は閉められてしまいます。 この門の二階には年貢として納められた真綿が納められていたことから「綿蔵門」と呼ばれています。 坂下門跡 坂の下に造られたことから坂下門と呼ばれています。 苗木城改修の際、徳川家譜代の久世家で三代領主友貞の奥方の実家である 久世家が力添えしたことから別名「久世門」とも呼ばれていました。 菱櫓門跡 天守にたどり着くまでにはいくつもの門が待ち構えています。 早く展望台にたどり着きたいと思いつつ、振り返るとこの景色。 途中で足が止まってしまいます。 野面石乱層積み 大きさの違う自然石を積み上げた石積み方法としては比較的初期の積み方です。 天守台が真上に見えて来ました。あともう一息です。 玄関口門跡 この門の先は天守へ続く道で、土廊下の建物とその先には小屋がありました。 通常は鍵が掛けられおり、鍵は目付役が管理していました。 玄関跡 玄関は天守より一段下にあり、多くの玉石が敷かれていました。 千畳敷きがあったとされ、千畳敷通って回り込んで天守台に入りました。 千畳敷と聞くと広いスペースがあるというイメージがあるのですが辺りを見回しても そのようなスペースが無いと思ったら、懸け造りになっていたのですね。 眼下には三の丸が見えます。 大矢倉の石垣全体が上から見下せて石垣の造りの見事さ、美しさで感動です。 本来は懸け造りの千畳敷きを通り廻り込んで天守に辿り着くのですが 現在はこのような階段が取り付けられ最短で天守展望台まで行けるようになっています。 天守展望台 二つの巨石にまたがる形で三層の苗木城天守が建てられていました。 この展望台は天守3階部分を復元したもので、巨石の柱穴に合わせて柱が組まれています。 柱穴 このような柱穴は天守だけでなくあちこちの岩にあり、 そこには建物があったことを物語っています。 雲海 この日は最高に美しいものを見せて頂きました! 日の出 雲海とともに日の出です。 少し寒いので温かい飲み物でも持参して登ればよかったなあと後悔。 ずっと眺めていたいけど、日が昇れば今度は雲海は消えて行きます。 展望台からの眺望 ここからの眺望は最高です。 この眺めを独り占めしただけで天下を取った気分になっちゃいます^^; 懸け造りと石垣 この大岩と石垣と懸け造りのコラボが見られる面白い部分です。 「ここまでするかあ」と感心します。 馬洗岩跡 かつて敵に水の手を切られた祭、この巨石の上に馬を乗せ 米で馬を洗って水が豊富にあるかのようにアピールし、敵を欺いたことから この巨石は「馬洗岩」と呼ばれるようになりました。 しかし、よくこんな巨石に馬を乗せられたなあ。 そっちの方が驚くよ この岩と岩の奥に懸け造りの千畳敷があったと思われます。 ちょっと覗いてみると、岩には柱穴があるので建物があったことがわかります。 馬洗岩の南東下にある小さな曲輪。 ここには石碑(歌碑?)があります。 たて掛けてある板には石碑に刻まれている文字が写してあります。 馬洗岩と天守の石垣の間を抜けて二の丸方面へ向かいます。 大きな岩と石垣の間の道の雰囲気が圧迫感を感じつつも良い雰囲気です。 笠置矢倉跡 正面に笠置山が見えることから「笠置矢倉」と名付けられています。 常時何も置かれていなかったそうです。 謎の宝箱 謎の宝箱発見! 何が入っているのか、ちょっと開けたくなりません? 入っていたのは… うふふ…ナイショです ※何かのイベントで使った忘れ物でしょうか。 武器蔵跡 別名「八間蔵」とも呼ばれた土蔵です。 遠山家が所持していた鉄砲や弓などの武器を納めていた蔵です。 具足蔵跡 武器蔵に並んで隣にあるのは具足蔵です。 具足や旗が収納されていたことから、別名「旗蔵」とも呼ばれていました。 野面石乱層積み石垣 大きさの違う自然石を積み上げたもので苔も生えて 苗木城では比較的古い石垣のようです。 千石井戸跡 天守石垣の下にある井戸です。 千人の用を達するということから「千石井戸」と名付けられました。 ここから東側に廻り込んで懸け造りの建物「渋紙蔵」「山方蔵」「郡方蔵」と建ち並んでいました。 井戸の中を覗いてみると…今でも水が湧き出ています。 小ぶりながらしっかり水を湛えています。 本丸石垣 的場跡から見た本丸石垣も見事です! 的場跡(本丸) 苗木城の中には的場が二か所あります。 また、苗木藩の的場跡は城外にもあり、弓や火縄銃の訓練が 日頃いっぱいされていたんだなあ。(それだけ物騒だったのか) 仕切門跡 二の丸と本丸を仕切るための門です。 この門は屋根付きの建物で、右側には物置として使われた小屋も付いていました。 帯郭 この段々を使って敵の侵入を防いでいたのでしょうか。 きれいな石積みと思ってしまう平和ボケしている私は、この石積みと巨石のコラボが すごく素敵な場所だなあと気に入りました。 木曽物見跡 木曽川に面した崖の上には物見のための二階建ての矢倉が建っていました。 中津川の城下の町を見渡せるようになっており、木曽川を往来する船の様子も ここから監視していました。 木曽川 日が昇り雲海が晴れて、木曽川がよく見えるようになるとこのように真下に木曽川が見えます。 須磨明石 名前が付いている大きな岩ですが、いわれはわかりません。 この辺りの巨石には崩れないように小石が挟んであるのを目にします。 こんな大きな岩をこんな小さな石で支え切れるの?と疑問に思ったりもしますが これも先人の知恵なのでしょうか。 でも、大地震が来たら…どうなることやら…。 八大龍王大神 遠山家の守り神で、明治時代にこの地に祀られるようになりました。 また、水神様としても崇拝されているということで清水が湧くこの地に祀られているのですね。 凄い岩~と上を見上げると…あ、ハチの巣!! こちらもデカイ 清水門跡 大岩の下から今でも湧き出ている清水。 こらが清水門の由来ですね。 不明門跡 普段は閉められており、忍びの門であると伝わります。 ここからの道は途切れていて外に繋がる道は確認されていないという妙な門です。 私もちょっと先を覗いてみたのですが下に続く道があるのかないのか??? 的場跡(二の丸) こちらの的場は領主居間の一段下に配されていて、 弓だけでなく剣、槍、鉄砲の稽古も行なわれていました。 奥のこんもりした土盛が的とされていて、石垣以外の場所には土塀で囲っていました。 大門跡 そして二の丸を過ぎて三の丸へ。 ここは二の丸と三の丸を仕切るための苗木城で一番大きな門があったとされる場所です。 平時は扉が閉まっていて、脇にある潜戸を利用していました。 城址碑 本来竹門から風吹門を通り大門を通って天守を目指すので、大門の前に城址碑が設置されています。 私は最初ここを通らずに天守まで行ってしまったのでここに城址碑があったことに お昼頃になって、気が付きました^^; そして、ここに着いた頃には大勢の観光客が押し寄せて来ていました。 海外からのお客様もかなりいて、ここが山城とは思えないほどの賑わいでした。 牢屋跡 苗木城の唯一の牢屋で、日の当らない大きな岩の上に造られていて 建物も狭いものでした。 明治初期の苗木藩の政争の際には多くの上層武士たちがここに収監され処断されています。 埋門跡 駈門跡の脇、牢屋跡へと抜けられる小さな門に見えます。 駈門跡 左の石垣は材木蔵跡です。 駈門跡とされている所も見取図を見ると駈ノ間とされています。 復元模型を見てみると門と言うよりは建物の中に入って行くような感じです。 四十八曲り この先の竹門をから下って行くと最初に見た大手門跡にある四十八曲りの入口に出るはずです。 下と上と入口だけ覗いてみたのですが途中の道がどのようになっているのか 時間が許すのであればぜひ通ってみたい道です。 竹門跡 竹門は何故か苗木城には二ヶ所あります。 竹で出来た門であったことから竹門と呼ばれ、この門には門番がいませんでした。 大矢倉門跡 御鳩小屋とも呼ばれていた三階建ての矢倉です。 外観は二階建てのように見え、石垣に囲まれた穴蔵部分は物置とし、 二階、三階には矢狭間が設けられ防御の機能も果たしていました。 お昼近い時間になって来ると、他人が写らない様に写真撮影をするのが難しくなってきました。 北門跡 風吹門から見て北側にあったことから北門と呼ばれています。 ここから北へ行くと現在は苗木さくら公園となっている かつての家臣屋敷群に通じています。 池 雨水を溜めた貯水池で、馬の飲み水に使用されていました。 風吹門跡 城下から三の丸に入る重要な門で、大手門の役割をしていました。 門の南側には門番所が併設されており、昼夜を問わず通行の監視を行っていました。 門の二階は「飼葉蔵」となっていました。 これにて苗木城をあとに、次は「苗木遠山資料館」へ行ってみたいと思います。 苗木遠山資料館 こちらには移築保存されている風吹門が展示されているということで 現物を見にやって来ました。 スタンプ設置場所 日本続100名城のスタンプはこちら。 スタンプも苗木遠山資料館へやって来た目的のひとつです。 パンフレット 攻城団のパンフレットもあります。 こちらも忘れずにゲット! 風吹門 大泉寺に移築保存されていた風吹門です。 大泉寺は、江戸時代中頃までは宿場の中心地にあったのですが火災により 現在の地に移り再建しました。 再建には苗木城の古材が使用され、風吹門を譲り受けました。 苗木城復元模型 この模型は幕末頃に描かれた絵図を基に制作されたものです。 巨岩と石垣と建物の複雑な組み合わせの全体の様子が観察出来る 立体的な資料です。 大名墓地・家臣団墓地 苗木遠山資料館から更に下って苗木公園入口付近に大名の墓地があります。 つまり、苗木城に登城する前にこの墓地を通過することになります。 苗木遠山廟所 ここは江戸時代の大名遠山家と家臣の墓地です。 苗木藩は一万石の小藩だったため、国替えもなく明治維新を迎えました。 そのため墓地もそのまま変わることなくこの地にあります。 苗木藩士安田太左衛門殉死の跡 苗木城主五代遠山友由の側近として仕えた安田太左衛門は、 29歳の若さで殉死した友由の墓前であるこの地の巨岩の上で殉死しました。 安田太左衛門は、遠山友由のことを思いながらこの岩の上で 忠誠心と責任感の強さゆえに禁じられていた殉死をしたそうです。 苗木道(飛騨街道) 対岸からの苗木城を見よう!と中津商業高校のあるあたりにやって来ました。 ここには苗木道と云われる飛騨街道が通っています。 苗木道は中山道から分岐した脇街道で、現在は道路や住宅で分断されています。 かつては飛騨方面へ行くには設楽の森付近で木曽川を船で渡らなければなりませんでした。 その様子を苗木城の木曽物見から見ていたのかもしれません。 ここまで長らくお付き合いいただきありがとうございました。 とにかく感動的な城址でした。 雲海にも恵まれ初登城としてはこんなすばらしい歓迎にあっては虜にならずにいられません。 雲海が晴れた後も景色は最高!城域も見るところがいっぱいで何度でも通いたくなるようでした。 そして、伝えきれない見所がいっぱいあるのでぜひぜひ皆さんも、早朝から足を運んでみてください。 平成30年11月11日登城 平成30年12月2日再登城 続日本100名城公式ガイドブック (歴史群像シリーズ特別編集)公益財団法人 日本城郭協会学研プラス close

苗木城(岐阜県)
サイト名 むぎの城さんぽ
タグ 続百名城
投稿日時 2018-12-21 15:20:04

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