第290回:美濃金山城(歴代森氏が居城とした石垣作りの城)の詳細

第290回:美濃金山城(歴代森氏が居城とした石垣作りの城)
こにるのお城訪問記
ページの情報
記事タイトル 第290回:美濃金山城(歴代森氏が居城とした石垣作りの城)
概要

訪問日:2016年12月金山城(かねやまじょう)は岐阜県可児市にあったお城です。織豊系城郭の特徴を良く残すことから国史跡に指定され,続日本100名城にも選定されています。元々は烏峰城(うほうじょう)と呼ばれ斎藤道三の一族と言われる斎藤正義(妙春)が1537年より築城しました。15…… more 48年 久々利頼興に久々利城に招かれ,そこで忙殺されてしまいます。1565年より織田信長の家臣であった森可成(もりよしなり)が城主となり金山城と改名されました。その後,可成が宇佐山城の戦いで戦死すると子の森長可(ながよし),,森蘭丸と城主になりましたが,蘭丸が本能寺の変,長可が小牧・長久手の戦いで戦死すると弟の森忠政と歴代 森氏の城として機能しました。1600年に忠政が転封となると石川光吉の所有となり1601年に廃城となりました。  【左】お城の少し下にある蘭丸ふるさとの森と名付けられた公園。金山城は森氏歴代の居城でありましたが,やはり知名度では森蘭丸なのでしょう。【右】公園にあった伝 蘭丸産湯の井戸。案内板によると蘭丸はこの城で生まれたが,城には井戸が無くここの水をくみ上げ産湯に使った・・・本当なのかな?  【左】金山城に向かう途中の分岐から続く切通しは城域の東にある左近屋敷と尾根を断ち切る大堀切です。【右】出丸にある駐車場に到着。  【左】出丸の様子。【右】出丸にある中々立派な高石垣。  【左】この隅部の石垣は良く残ってます。【右】これは祠でもあったのであろうか? 何かの基礎のようです,城の遺構でないかもしれません。  【左】出丸から先は徒歩での登城となります。【右】三の丸門跡が見えてきました。礎石も残っていました。  【左】三の丸の様子。この曲輪は面積も広く建物の礎石も発見されています。【右】三の丸に開けられたもう一つの虎口。大分崩れていますが,枡形虎口になっており水の手へ通じていたそうです。あれ,さっきの蘭丸の井戸でないの??   【左】水の手虎口を外側から見るとこのような感じです。もう一つ良くわかりませんが,恐らく右に曲がってたのかな?【右】これは二の丸西面に残る石垣。野面積みですね。  【左】二の丸は南に突き出しており先端に物見櫓が築かれ南方の見張り台でもあった曲輪です。 あれっ!? 良く見ると何かいる。【右】何か食べておられるようです。二の丸を守備するのは何と野生のカモシカでした。まだ若そうだ。 目が合っても逃げないのでそろそろと近づいてみる。射程圏内で無いと見切られているのか,また草を食む。こちらも二の丸を見学しないといけないのよ。  【左】逃げた! 何とも印象的な出会いでした。【右】南腰曲輪へ向かいます。  【左】これは見所の一つである枡形虎口。【右】右へ屈曲し南腰曲輪に入ります。  【左】枡形空間を上から見ています。はっきりと残っていますね。【右】南腰曲輪の先端部ですが,礎石跡を見ることが出来ます  【右】天守台西南隅石と案内板のある本丸の石垣。【右】本丸に到着。ここでも多くの礎石跡が残っており,石組排水溝等も確認されています。  【左】金山城趾の城碑。【右】以前,本丸には鳥竜神社があったそうで,その基礎です。  【左】本丸の東側に設けられた枡形虎口。と思うのですが,小天守の穴蔵と説明するものもあったりするので,どうなんでしょう?他に大掛かりな虎口も見当たらないことから,個人的には枡形虎口と思うのです。【右】虎口を外側見ています。  【左】本丸東側の石垣です。破城時の破壊の跡が生々しい。【右】東腰曲輪の様子。  【左】破壊されよくわからなくなっていますが,この辺りに井戸があったと伝わります。あれ蘭丸の産湯は城に井戸無いと書いていましたが??【右】搦手門礎石と案内があるのですが,それらしき石が見当たりません。埋まったのか?いずれにせよ,この辺りが搦手門であったようです。  【左】搦手側の曲輪群。段々になっている様子が分かります。【右】城域東側にある長細い曲輪である左近屋敷に到着。この辺でカモシカを見たという人もいたな。  【左】左近屋敷の石垣。 かなり崩れてきているように見えます。【右】麓に下りてきて米蔵跡と呼ばれる場所を見に来ました。東側の高石垣は見やすく残存状態も良好です。本来であればここから三の丸の水の手口に道が伸びていたのですが,現在は通行できないようです。  【左】米蔵跡の正面 北側にも石垣が広がっているはずですが,ご覧の通り草に覆われてよくわかりません。【右】森一族のある可成寺(かじょうじ)に来ました。  左手前から説明していきましょう・森長可:金山城 二代城主,可成次男,1584年 小牧・長久手の戦いで討死(27歳)・森可成:金山城 初代城主,1570年 宇佐山城の戦いで討死(48歳)・森可行:可成の父、この人だけ病死(77歳)・森可隆:可成長男,1570年 手筒山の戦いで討死(19歳)右の写真を左から・森坊丸:可成四男,1582年 本能寺の変で討死(17歳)・森蘭丸:金山城 三代城主,可成三男,1582年 本能寺の変で討死(18歳)・森力丸;可成五男,1582年 本能寺の変で討死(16歳)織豊期の石垣遺構を多く残すことも魅力の一つですが,信長、秀吉政権樹立の過程で一族の多くが命を落した森氏の城ということで非常に感慨深いものがあります。運が良ければカモシカにも会えるかも。大きな地図で表示 お城巡り ブログランキングへ にほんブログ村FC2 Blog Ranking close

第290回:美濃金山城(歴代森氏が居城とした石垣作りの城)
サイト名 こにるのお城訪問記
タグ 岐阜県の城郭
投稿日時 2018-07-14 15:00:01

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