第284回:甲府城(近世 甲斐国の支配拠点)の詳細

第284回:甲府城(近世 甲斐国の支配拠点)
こにるのお城訪問記
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記事タイトル 第284回:甲府城(近世 甲斐国の支配拠点)
概要

訪問日:2016年8月甲府城は山梨県甲府市にあったお城です。舞鶴城とも呼ばれ現在は舞鶴公園として整備されています。県史跡に指定され日本100名城にも選定されています。戦国時代を通じて甲斐を支配した武田氏が織田信長の侵攻により滅亡した1582年,すぐさま本能寺の変が起こります。信長…… more が横死した後は一時的に甲斐は徳川氏の支配下となりますが,豊臣秀吉の世となった16世紀の後半に加藤光泰が携わって,浅野長政・幸長(よしなが) 父子により完成されたと考えられています。これ以降,甲斐国の中心は武田氏の本拠地であった躑躅ヶ崎館から甲府城に移りました。1600年の関ヶ原の戦い以降は徳川氏の持ち城となり徳川氏一門の城となりましたが,1704年に徳川綱豊(後の家宣)が五代将軍 徳川綱吉の後継者に指名されたことから,柳沢吉保(やなぎさわよしやす)が城主となり現在のような形に発展しました。吉保が大和郡山城へ移った後は徳川直轄地として甲府勤番が入ることになり明治まで存続しました。  【左】現在は中心部しか残っていない甲府城ですが,それなりの広さがあります。まずは線路沿いの南側,稲荷曲輪の外側から見ていくことにしました。【右】これが復元された稲荷櫓。手前には堀があったそうですが,現在は埋め立てられています。矢印のあたりからスタートし,外周を左側から上側に抜けて中に入りました。本丸を中心とした部分しか残っていませんが,この案内板を見ただけでも相当見ごたえありそうな雰囲気です。  【左】稲荷曲輪の17mもあるという高石垣は見所です。【右】さらにこの石垣は東日本でも古い部類に入り自然意志を積み上げた野面積みであることがわかります。  【左】南側(案内板の上方)に回り込みました。甲府城の堀はほとんどが埋め立てられましたが,この部分は辛うじて内堀が残っています。【右】堀を渡す遊亀橋付近からの眺めが美しい。公園の主要な入口の一つですが,後世に架けられた橋のようです。  【左】公園の南西に復元された鍛冶曲輪門。鍛冶曲輪と今は都市化で消滅した楽屋曲輪を繋ぐ門でした。こちらが大手側となります。【右】鍛冶曲輪に復元された日本庭園。  【左】鍛冶曲輪から累々と築かれた本丸方面の石垣を望む。【右】本丸方面へ向かいます。写真は坂下門跡。この付近は時期の異なる野面積みの石垣と打ち込みハギの石垣を見ることが出来ます。  【左】明治に取り壊されましたが,2013年に復元された鉄門(くろがねもん)。本丸の正面玄関です。【右】本丸の様子。  【左】本丸の西側の門であった銅門跡(あかがねもん)に残る礎石。【右】本丸の奥にある天守台。野面積みの石垣で無骨雰囲気が残ります。  【左】本丸内に残る暗渠(あんきょ)。石垣から排水するための穴です。【右】本丸の北辺に残る本丸櫓跡。  【左】天守台を外から見ています。均整の取れた姿,隅は算木積みになっていることがわかります。【右】稲荷曲輪門は鍛冶曲輪と稲荷曲輪の間にあったもので1999年の復元です。  【左】発掘調査により発見された水溜跡。稲荷曲輪門の下方にあります。【右】これは石切場跡。石垣の石を切り出していたそうで,楔の跡が残っています。  【左】城の東側を守る数寄屋曲輪。 ここには明治の初めまで数寄屋櫓という櫓がありました。【右】稲荷曲輪には築城前からこの地を守る庄城稲荷(現在は移転)があったことからこの名が付いています。ここから見る天守台の眺めも良いですね。  【左】稲荷曲輪にあった二重の石垣。解体調査で背後から別の石垣が出現し,途中で積み直したことが判明しています。【右】冒頭で外から見た稲荷櫓の内側です。城の鬼門方向を守っていた二重櫓。  【左】稲荷櫓の内部は資料館になっており甲府城関連資料が展示されています。【右】稲荷曲輪にある煙硝蔵跡。火薬庫跡で城には良くある施設ですが,ここは地下構造となった珍しい造りであったそうです。  【左】稲荷曲輪にある井戸跡。【右】尾形曲輪から本丸への城道に設置された内松陰門(うちまつかげもん)。1999年の復元です。続いてJR甲府駅の北側にある甲府市歴史公園に向かいます。ここでは発掘調査の結果に基づき,3つあった城への入口の一つであった山手御門が復元されています。  【左】発掘調査で検出された堀や土橋が復元され,ここを通って山手御門の枡形に向かいます。【右】まずは高麗門である山手門を通り枡形に入ります。  【左】内側の門は二階建ての山手渡櫓門です。【右】甲府城の外郭の遺構は市街地に没してほとんど名残をとどめませんが,水路として二の堀が残っていました。ここは甲府共立病院の裏側付近。  【左】こちらは大外の三の堀の名残です。住所で言うと武田一丁目付近です。【右】城の北側の慶長院には甲府城の黒門を移築したものと伝わる門があるのですが,どうでしょう。代表的な近世城郭の門にしては規模が小さすぎるような気がします、安土桃山時代から甲斐国の政治経済の中心であった甲府城は,現代も山梨県の中心的な場所であり続けて,観光地であり住民の憩いの場となっています。大きな地図で表示 お城巡り ブログランキングへ にほんブログ村FC2 Blog Ranking close

第284回:甲府城(近世 甲斐国の支配拠点)
サイト名 こにるのお城訪問記
タグ 山梨県の城郭
投稿日時 2018-05-02 17:00:01

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