伊勢亀山城(三重県)の詳細

伊勢亀山城(三重県)
むぎの城さんぽ
ページの情報
記事タイトル 伊勢亀山城(三重県)
概要

【伊勢亀山城】いせかめやまじょう 【別名】近世亀山城・亀山新城・粉蝶城・姫垣城 【構造】平山城 【築城者】岡本宗憲 【築城年代】1590年(天正18年) 【指定史跡】県指定史跡 【場所】亀山市本丸町 地図 【城郭検定】出題あり 亀山城は、若山城の東に岡本宗憲が新たに築城した戦国…… more 期から続いた城です。 江戸時代初頭には上洛する将軍などの休憩所として 本丸御殿が使用されており、寛永11年には徳川家光の上洛前に 大規模な整備が行われています。 その後、明治6年の廃城令によって城内のほとんどの建物は取り壊され、 堀も埋め立てられてしまいました。 現在は石垣の一部と多門櫓を残すのみとなっています。 駐車場 以前訪れた時は本丸の多門櫓前に停められたのですが、そこは駐車出来る数が少ないので 今回は駐車場として案内されている西出丸の駐車場へやって来ました。 西出丸跡 本多氏が城主を務める寛永14年の改修時に築かれた曲輪です。 西端には二重櫓の関見櫓がありました。 また、曲輪内には米蔵があり近世前半には幕府の兵糧米が備蓄されていました。 土塁 駐車場北側や、テニスコートには今でも土塁が残っています。 この先が本丸になります。 では、本丸へ行ってみましょう! 本丸 現在遊具が置かれ、子供たちが遊ぶ公園になっている本丸御殿跡です。 将軍上洛御殿が設けられていましたが、御殿は1712年(正徳2年)に 取り壊され、その後再建されることなく空き地になっていました。 ところで…以前訪れた時は飛行機があったのがすごく印象に残っていたのですが…? 子供が小さかったのでこの公園で遊ばせた気がするのですが無くなっちゃったのかなあ。 亀山神社 1908年(明治41年)に亀山神社に合祀された古くより亀山城の鎮守であった三祇神社は、 かつて亀山古城(若山城)の本丸跡に祀られていました。 大久保神宮家棟門 市指定有形文化財建造物に指定されている棟門は、 南崎権現社の神官であった大久保家の門です。 亀山西小学校の裏門としても使用され、その後この地に移築されました。 亀山演武場 十五代亀山藩主石川総脩により武道場の設立が許され、 江戸の伊庭道場の長所を取り入れた道場が石川氏の隠居御殿近くに築かれたのが始まりです。 亀山演武場は、増築や移設を重ね、大正時代には現在のような間取りとなりました。 しかし、昭和60年に火災で焼失。 3年後に再建され現在も心形刀流保存赤心会の稽古が続けられています。 土塀 亀山演武場の裏にある復原された土塀には狭間が付いています。 しかしながら、古写真など江戸末期の写真からは土塀には狭間はなかったものと みられているので他の復原土塀には狭間はありません。 土居 石垣と土居の繋ぎ目にあるこの部分は、平成19年に起きた地震で石垣が崩れたため 復旧の際調査で、石垣ではなかったことが判明し、そのまま石垣ではなく版築の土居に戻されました。 昭和46年に大雨で土居が崩れたことで石垣として造り替えられていたものでした。 石が足りなかったのかなあ?と思わせるような中途半端に見える土居ですが、これが本来の姿なのですね。 明治天皇行在所 明治13年、三重県下御巡幸の折、伊藤市次郎宅を明治天皇の行在所とされ、 市指定文化財として建物の一部を現在まで保存されて来ました。 井尻町や亀山小学校の敷地内、亀山城多門櫓北側などに転々と移築されながら 現在は、この地に落ち着き保存されています。 与助井戸 本丸の井戸です。 かつてここには民家である「与助鍛冶」がありましたが、城外へ移されたことから 与助井戸と呼ばれています。 また、城外への抜け穴伝説も残りますが定かではありません。 楠門跡 二之丸から本丸へ入る虎口となる門があった場所です。 多門櫓 高石垣の上には江戸時代後期から残る多門櫓が復原されています。 復原された当初は外観に違いがあり、平成の大修理で建築当初の姿に復原しています。 御朱印販売の案内看板です。 御城印も集め始めたので、後ほど買いに行ってみようと思います。 以前はこの多門櫓を見ることが目的で訪れました。 まったく変わりない光景です。 多門櫓の内部です。 明治以降、旧藩士により落札され失業士族の授産場に使用され その後は会議室や展示室として幾度かの改造を受けています。 本来は土間だったそうですが、遺構保護のために床板を設けているとのこと。 火災による焼失部分 平成24年12月14日に火災が発生しました。 この火災が、何者かの放火だというから腹立たしい 根継補修 被害は独立柱の一部で、全焼しなかったのが不幸中の幸いでした。 この痛々しい姿…なぜ放火をしたのか 建築部材から見つかった「惣武具」や「武器蔵」といった文字から、当時は武具庫として 使用されていたと考えられているようです。 私もこの柱を見た時には、槍や鉄砲を掛ける柱の跡では?と思って撮影していました。 出入口 窓の無い北や西側には全部で3ヶ所の出入口を設けています。 高石垣 亀山城では最大の高さ(13.5m)を誇る高石垣です。 野面積みで転用石も使用されているとは…よ~く見て来るんだったなあ。 城址碑 二の丸から本丸への入口に建てられた城址碑です。 この周囲にはその他にも石碑があります。 やはり本丸の玄関口だけあって構えられた風景ですね。 二之丸 現在小学校になっている二之丸には、かつて二之丸御殿がありました。 本丸御殿は、将軍が上洛する際に宿泊所とされたので、城主の居館としては 二の丸御殿を利用されたとされています。 太鼓櫓跡 ここは城下に時を告げる太鼓が置かれていた三階櫓があった場所です。 姫垣外苑の石碑がありますが、亀山城の別名でもある「粉蝶城」・「姫垣城」と呼ばれる由縁の 低くて白い土塀が特徴だったことを示しています。 ちなみに「粉蝶」とはモンシロチョウのことだそうです。 太鼓門跡 太鼓櫓のあった所から道路を挟んで太鼓門の標柱があります。 二之丸帯曲輪土塀 二の丸北側から見ています。 二の丸の外側にあった出丸で、こちらも江戸時代末期の状態に復原されています。 本丸北外堀跡 池になっているこの窪地は、外堀の跡です。 山内一豊は、ここ亀山城攻めでの武功が認められたことで大名への道が開けました。 一豊の見た亀山城の光景のひとつにも登場する池がこの池です。 大手門跡 大手門があったという交差点にやって来ました。 現在は見ての通り何も残っていません。 この交差点付近に大手門があり、正面の見えている辺りは東三の丸になります。 案内看板 看板の古写真を見ると、櫓門と脇櫓から構成され石垣もあったようで 屋根にも鯱が載っていた様子が見えます。 東海道に面していただけあって、さぞかし立派だったんだろうなあ。 明治初期に破却されしまい、残っていないのが残念です。 高札場跡 交差点の南側には高札場であったことを示す看板もありました。 大手門の前に高札場が置かれていたのですね。 江ヶ室家中屋敷 亀山城門前は今やおまわりさんが守っています! というわけで大手門のあった交差点には交番があります。 その奥はかつて家中屋敷が建ち並ぶ場所でした。 関宿 東海道五十三次の四十七番目の宿場町「関宿」です。 江戸時代後期から明治時代にかけて建てられた町家が200棟以上も現存し、 国の重要伝統的建造物群保存地区や日本の道百選に選定されていて 時間があったらゆっくり歩き回りたいところです。 JR関駅 亀山城から5km以上離れているのですが、 御城印が欲しかったのでJR関駅へやって来ました。 奥に観光協会が見えますが、御城印を販売しているのは こちらの駅構内の売店です。 無事買うことが出来ました! ところで、三河国の挙母城から三宅氏が入封した後の話で 康盛の勘違いで天守の解体をしてしまったというなんともおかしな話が伝わります。 本当のところはどうなのか定かではないのですが、丹波亀山城の天守解体を命じたはずが 勘違いで伊勢亀山城の天守を解体、間違いを知った時は復旧に及ばずと再建されることなかったという。 一万石の大名に天守は不釣り合いなので行き違いを理由に壊させたのではないかとも…。 こんなことがあるのか 写真のデータを失くしてしまって以来、ずっとモヤモヤしていたのが やっとすっきりしました。 やっぱり記憶と違っていたこともあったりして、こうしてブログとして記録しておく ことでいつでも思い出を引き出せるっていいなあと実感しました。 平成25年5月4日登城 令和2年7月24日再登城 今回の参考本 東海の名城を歩く 愛知・三重編均, 中井吉川弘文館 よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書小和田 哲男学研プラス close

伊勢亀山城(三重県)
サイト名 むぎの城さんぽ
タグ 百名城以外の城
投稿日時 2020-08-11 14:40:04

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