平井金山城⑥の詳細

平井金山城⑥
山城めぐり(兄弟ブログ biglob)
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記事タイトル 平井金山城⑥
概要

本丸へ 戻ってきました。本丸は正面の城壁です。 右上に登れば本丸 曲輪4から本丸へ 説明版 大手 曲輪4を見返しています。 本丸南側は低くなっています。 南側から 大石垣 本丸 管領上杉氏 歴代城主 本丸の南方に見える子王山城、謙信が平井城奪還の時に景…… more 勝を入れた山城とされていますが、調べる必要があるようです。 本丸西尾根避難小屋、以降は次回とします。 管領上杉氏の支城 倉賀野城 倉賀野は西上野と北武蔵の境界に位置し、利根川が流れ中山道が通過する交通の要地で、城は烏川左岸の河岸段丘上に立地する。東西800m、南北400mを城域とする。 倉賀野氏は鎌倉時代の治承年間に武蔵児玉党の支流である秩父高俊が倉賀野の地に館を構え、倉賀野氏を称した。 南北朝時代に倉賀野光行が館を改修し倉賀野城を築いた。 戦国時代には城主の倉賀野行政が関東管領の上杉憲政に仕えたが、天文15年(1546年)の河越夜戦で戦死した。その後、上杉憲政が長尾景虎(上杉謙信)を頼り越後に落ち延びたため、倉賀野城は倉賀野尚行が城主となり、金井秀景や須賀佐渡守をはじめとする倉賀野十六騎と城を守った。 永禄年間に後北条氏が上野を領国化したが、このとき、上杉憲政の旧居城・平井城ではなく、倉賀野城が北条氏の領国経営の中心になっていたとみられる。しかし上杉謙信が永禄3年に越山してくると、倉賀野氏はすぐに箕輪長野氏と上杉に従っており、倉賀野城も上杉方となった(『新編高崎市史』)。 倉賀野城は上杉方の長野氏が拠る箕輪城の支城としての役割を果たしていたため、永禄4年(1561年)には甲斐国の武田信玄による西上野侵攻で競られ、金井秀景らが武田氏に与するなど内部分裂もあり、永禄8年(1565年)に落城した。倉賀野尚行も謙信を頼って越後に逃れた。ウィキペディアより close

平井金山城⑥
サイト名 山城めぐり(兄弟ブログ biglob)
タグ 山城ー上州
投稿日時 2018-02-28 17:00:01

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